「糖尿病とは、血中の糖が多い病気である」ことは知っているけれど、「実際にどのような症状が現れるのか?」を理解している人は少ないようです。
薬剤師である私も、薬局に来る患者さんから「糖尿病って悪くなると、どんな症状が出てくるの?」とよく、質問されます。
今回は、糖尿病が進行して悪化すると現れる5つの自覚症状について説明します。
もし、あなたがこれから説明する症状のうち1つでも当てはまるならば、糖尿病が悪化している可能性が高いです。すぐに病院を受診して検査を受けてください。
糖尿病合併症5つの自覚症状
糖尿病は「血中のブドウ糖の濃度が慢性的に高い病気」です。血中のブドウ糖濃度が高いことが原因で発症する他の病気のことを「合併症(がっぺいしょう)」と言います。
糖尿病合併症の判断基準として、以下の5つの自覚症状が重要となります。
① 目が疲れやすい、かすむ、急に視力が落ちた
② 足がむくむ
③ 立ちくらみがする
④ 手足がしびれる
⑤ 化膿しやすい、傷が治りにくい
糖尿病が進行すると糖尿病合併症を発症します。目から足先まで、様々な部位に症状が現れます。糖尿病が怖い病気であると言われる理由は、合併症を発症させてしまうからです。
それでは、それぞれの自覚症状について説明していきます。
① 目が疲れやすい、かすむ、急に視力が落ちた(糖尿病網膜症)
1つ目の自覚症状は、目が疲れやすい、かすむ、視力が落ちることです。これらの症状がある場合、「糖尿病網膜症(とうにょうびょうもうまくしょう)」を発症している可能性があります。
目に入った光は、角膜→水晶体→硝子体(しょうしたい)を通って目の一番奥にある網膜に届き、その情報が視神経から脳に送られます。この仕組みにより人は物を見ることができます。この網膜が障害を受けると、網膜症を発症します。
糖尿病網膜症を発症する原因
なぜ糖尿病だと網膜症を発症してしまうのでしょうか?
網膜に血液を送っている細い毛細血管が詰まることが原因です。高血糖になると細い血管が詰まりやすくなるからです。
毛細血管が詰まってしまうと、網膜の細胞に酸素や栄養分を届けられなくなってしまうため、新たに細い血管が作られ、細胞に血液を運ぶようになります。この新たに作られる血管のことを「新生血管(しんせいけっかん)」と言います。例えると、植物の根を切ると、切った所から新たに細い根が生えるのに似ています。
しかし、新生血管はもろいため破れやすく、簡単に出血してしまいます。
網膜症の病状が進行すると、詰まってしまう毛細血管が増え、それに比例して新生血管も増えてしまいます。その結果、網膜の出血する箇所も増えていきます。
網膜のさまざまな部位で出血が起こることで、目が疲れやすくなったり、目がかすんだり、視力が落ちたりします。
進行すると失明することもある
さらに、糖尿病網膜症が悪化すると網膜がはがれてしまう「網膜剥離(もうまくはくり)」を引き起こし、失明に至ることもあります。糖尿病患者の約15%に網膜症があり、年間約3000名が糖尿病網膜症により失明しています。
2006年に発表された日本の成人の失明の原因の2位が糖尿病網膜症であり、原因疾患の19.0%を占めています。ちなみに1位は緑内障で20.7%です。その差は僅差です。
糖尿病網膜症は悪化させてしまうと、失明という非常に恐ろしい結果をもたらします。そのため「目が疲れやすい、かすむ、急に視力が落ちた」といった自覚症状が現れたら、すぐに検査を受け、適切な治療を受けなければいけません。
② 足がむくむ(糖尿病腎症)
2つ目の自覚症状は「足のむくみ」です。足のむくみは、「糖尿病腎症(とうにょうびょうじんしょう)」を発症していると現れます。
糖尿病腎症を説明する前に、腎臓の働きについて説明します。
② -1 腎臓の働き
腎臓は血液の中の老廃物をろ過して、尿を作っている臓器です。腎臓の中で、ろ過を担当している部位は、「糸球体(しきゅうたい)」です。糸球体は細い血管が毛糸玉のように集まった器官です。
腎臓は、この糸球体というフィルターに血液を通すことで、体内に必要な成分と不要な老廃物とを選別しています。ろ過後、必要な成分は血中に留まり、老廃物は尿となり体外に排出されます。この作用を通して、腎臓は体内の水分量を調節しています。
② -2 腎症を発症する原因
では、なぜ糖尿病だと腎症を発症してしまうのでしょうか?
高血糖の状態が続くと、血中のブドウ糖が血管のコラーゲンとくっつき、AGE(終末糖化産物)という物質ができてしまいます。
糸球体を形成している血管のコラーゲンとくっついてできたAGEに対して、人間の免疫細胞のマクロファージがAGEを食べようとします。免疫細胞とは体内に侵入した外敵を攻撃する細胞のことです。例えるなら、体が日本だとすると、免疫細胞は自衛隊のような細胞です。
免疫細胞がAGEを外敵とみなして攻撃する際に、「炎症」という有害な反応も生じます。そのため、糸球体の血管にAGEがたくさんできてしまうと、慢性的に糸球体に炎症が続く状態になります。そして、糸球体のフィルターの穴が大きくなってしまいます。
フィルターの目が粗くなってしまった糸球体は、体に必要な成分も通過してしまうようになってしまいます。その結果、腎臓は本来のろ過をする機能が壊れてしまい腎症を発症してしまうのです。
② -3 血糖コントロールをしても腎症を発症する理由
糖尿病腎症は糖尿病を発症後5~10年以上たって現れます。さらに、恐ろしいことに血糖コントロールが良好な人でも、糖尿病発症後20年たつと、53%の患者が糖尿病腎症を発症することが報告されています。
なぜなら、コラーゲンの寿命は15年だからです。一度AGEができてしまうと血糖値を一生懸命コントロールしても、AGEは15年間消えないのです。そのため、過去に高血糖の期間があった人は腎症を発症してしまうのです。
腎症を悪化させてしまうと、最終的には人工透析が必要になります。1998年以降、透析導入患者の原因疾患の1位は糖尿病腎症であり、年々増加しています。2009年では新規透析患者の44.5%を糖尿病腎症が占めています。
透析になってしまうと、1回4時間の透析を週3回ほど受けなくてはなりません。生活の質が非常に下がってしまうのです。足のむくみが現れたら、一刻でも早く治療を開始することが重要です。
③ 立ちくらみがする(自律神経障害)
3つ目は「立ちくらみ」という自覚症状です。立ちくらみは「自律神経障害」を発症していると現れます。
自律神経とは、「自分の意志とは無関係に反射的、自動的に働く神経」のことです。自律神経は胃腸の働き、脈拍や血圧、体温の調節などをしています。どれも、自分で意識しなくても自然に自律神経が調節してくれています。
自律神経障害を発症する原因
高血糖が長期間続くことで、自律神経の細胞が壊れてしまったり、自律神経に栄養を送っている血管の血流不足が起こったりすると、自律神経が正常に働かなくなります。
その結果、自律神経による血圧の調整がうまく行かず、立ちくらみの症状が出るのです。
自律神経に障害を与える原因は主に2つあります。
1つ目が、ブドウ糖とコラーゲンが結合したAGE(終末糖化産物)による炎症反応です。そして2つ目が、ソルビトースやフルクトースという物質が神経細胞を破壊してしまうことです。ブドウ糖が体内でソルビトースやフルクトースに変換され、そのソルビトースとフルクトースが神経細胞を破壊することがわかっています。
「ふらつき」を軽視していた患者の例
私の薬局に、「最近、頻繁に立ちくらみがするのよ」と相談に来た方がいました。女性の方でしたので、以前から貧血などで立ちくらみの症状はあったそうです。
この方は、健康診断を何年も受けていないと言うので、受診するように指導しました。その結果、糖尿病がかなり進んでいることがわかりました。
女性は、会社に勤めていないケースも多く、つい健康診断を受けずに何年もたってしまっている方が多いです。また、女性ホルモンの関係で、貧血やふらつきなどの症状も以前から経験している方が多く、ふらつきの原因が糖尿病であることに気づいていないことがあります。
ふらつきが糖尿病合併症の自覚症状であることを知らなかったために、糖尿病治療の開始が遅れてしまうことがあるのです。「ふらつきなんて、よくあるわよ」と甘く考えずに、糖尿病の可能性も疑ってください。
④ 手足がしびれる(感覚・運動神経障害)
4つ目は、手足のしびれです。しびれは「感覚神経障害」を発症していると現れます。
感覚・運動神経とは触っているのがわかったり、温度を感じたり、痛みを感じたりする「感覚神経」と運動するときに筋肉を動かす「運動神経」からなっています。感覚・運動神経は人が自覚的にその働きをとらえたり、自身の意思によって支配したりできます。
この感覚・運動神経も、前述した自律神経障害と同様に、高血糖の状態が長く続くと、AGE(終末糖化産物)による炎症反応や、ブドウ糖から作られるソルビトースやフルクトースにより障害を受けます。また、高血糖により感覚・運動神経に酸素や栄養分を送っている血流が悪くなり、感覚・運動神経が正常に働けなくなります。
その結果、しびれなどを感じるようになります。
整形外科で合併症を見落とされた患者の例
私の薬局にも、足のしびれで整形外科を受診している方がいました。整形外科では、「とりあえず骨には異常がないので、貼り薬と痛み止めの飲み薬で様子をみてください」と言われていたそうです。
この方も、私が内科での血液検査をすすめたところ、糖尿病であることがわかりました。
患者さんのほとんどの方は、手足のしびれがあれば整形外科に行けば原因がわかるだろうと考えがちです。また、整形外科医もレントゲン検査などはしますが、血液検査をする病院は少ないです。そのため、糖尿病合併症が見落とされてしまうケースがあるのです。
最近の病院は、診療科の専門化が進んでいます。そのため、整形外科の医師の中には、内科の病気である糖尿病について知識の少ない方も多いのです。
これからは、患者も「手足のしびれは糖尿病合併症の自覚症状である」ことを知り、しびれがあれば糖尿病を疑い、内科を受診することが求められます。
さらに、感覚・運動神経障害は悪化してくると、感覚の低下を起こし、足に傷ができていることに気づかないことがあります。その結果、足の壊疽を引き起こし、足の切断を余儀なくされることもあります。
特徴としては、長い神経の先端から障害が現れるので、足先、足裏の感覚の異常から始まる人が多いです。症状が左右対称に現れるのも特徴です。
手足のしびれの症状があれば、すぐに検査を受け治療を開始することが大切です。
⑤ 化膿しやすい、傷が治りにくい
5つ目の自覚症状は「化膿しやすい、傷が治りにくい」ことです。
なぜ、糖尿病の患者は感染症にかかりやすく、重症化してしまうのでしょうか?
理由は3つあります。
理由① 免疫機能の低下
1つ目は、免疫機能の低下です。体内には、細菌やウイルスといった外部からの敵を攻撃し排除する仕組みがあります。この仕組みを「免疫」と言います。
体内に侵入した細菌やウイルスを食べてやっつける役目をしている細胞に「好中球(こうちゅうきゅう)」があります。しかし、血糖値が250mg/dLを超えると、好中球の細菌やウイルスなどを食べる機能が低下することがわかっています。
その結果、免疫機能が低下し、化膿しやすくなったり傷が治りにくくなったりします。
理由② 血流の低下
2つ目が「血流が悪くなっている」ことです。
高血糖の状態では、脱水症状になりやすく、細い血管の血流が悪くなっています。そのため細胞に酸素や栄養分が十分に届けられません。酸素や栄養分が不足している細胞は、正常な働きができず、細菌やウイルスなどの外敵との戦いに負けてしまいます。
理由③ 神経障害
3つ目が「神経障害」です。
高血糖により、感覚・運動神経が障害を起こすと、痛みを感じる神経が正常に働かないため、痛みを感じなくなります。そのため、皮膚に傷ができても気づきません。その傷から細菌やウイルスが容易に体内に侵入してしまいます。
傷があることに気づかないため治療を開始するのも遅れてしまうのです。
高血糖と感染症の負のスパイラル
さらに感染症になると、様々なホルモンなどの働きで血糖値が上昇します。感染症の程度によりますが、感染症になると、血糖値は一般に30%程度上昇します。
その結果、「高血糖→感染症→高血糖」という負の連鎖を引き起こしてしまうのです。
このように、糖尿病合併症の自覚症状は、目から足の先まで、さまざまな症状が現れます。一見、血糖値が高いことからは予測のできない症状もあったかと思います。
どの症状も、糖尿病が発症してから何年もたってから現れる症状です。
① 目が疲れやすい、かすむ、急に視力が落ちた
② 足がむくむ
③ 立ちくらみがする
④ 手足がしびれる
⑤ 化膿しやすい、傷が治りにくい
この5つの症状のうち、1つでも症状があるならば、早急に病院を受診して検査を受けてください。