糖尿病の食事療法の1つである糖質制限が、糖尿病の治療に非常に効果的であることを、聞いたことがある人も多いかと思います。
しかし、主治医に「自分も糖質制限をやってみたい」と告げても、「おすすめしません」と医師に言われることがあります。なぜ医者は、糖質制限をすすめないのでしょうか?
その理由は三つあります。
1つ目は、医者が糖質制限についての知識を持っていないこと
2つ目は、糖尿病学会が糖質制限を正式に推奨していないこと
3つ目は、日本人を対象とした糖質制限の研究データが少ないことです。
このページでは、それぞれの理由について、説明をしていきます。まず、3つの理由について理解しやすいように、アメリカと日本における、糖尿病学会のガイドラインの歴史について説明をしておきます。
アメリカ糖尿病学会のガイドラインの歴史
欧米人の糖尿病患者のほとんどは肥満です。なぜかというと、欧米人は日本人に比べると、すい臓のインスリンを分泌する能力が高いからです。
欧米人はたくさん食事しても、たくさんインスリンを分泌することができます。インスリンには、血液の中のブドウ糖を脂肪細胞の中に取り込み、脂肪に変えて蓄える働きがあります。
そのため欧米人は、たくさん食事をすると、たくさんのインスリンが分泌され、脂肪細胞の中に糖分が取り込まれ、肥満となりやすいのです。
欧米では糖尿病患者のほとんどが肥満であったため、2006年までアメリカ糖尿病学会は、肥満を改善することが糖尿病治療において、一番重要視されていました。
その結果、摂取する総カロリーを制限する、「カロリー制限食」が食事療法として採用されていました。
その当時、糖質制限も存在していました。しかし、糖質制限をやりすぎるとケトン体という物質が血液の中に増えてしまい、血管を傷付けてしまうと言われていました。そのため、糖尿病の治療では、糖質制限をやってはいけないとされていました。
ところが2007年に、世界 No.3の臨床医学雑誌「JAMA」に「AtoZ」という糖質制限に関する試験結果が報告されました。また2008年には、世界 No.1の臨床医学雑誌「ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に300人を対象に行われた試験結果が報告されました。
この臨床試験は、最も信頼できるレベルであるエビデンスレベル1の臨床試験でした。エビデンスレベルとは、臨床試験がどの程度信頼できるかを判断する基準です。レベル1が最高レベルになります。
この臨床試験の結果により、糖質制限が肥満・血糖・脂質を改善させることが証明されたのです。
この結果を受け、2008年にアメリカ糖尿病学会は、民間療法扱いであった糖質制限を、確固たる根拠のある食事療法として認め、肥満治療の選択肢の1つにしました。その後、様々なデータが積み重ねられ、糖質制限の糖尿病への効果がさらに裏付けされました。
そして2013年に、アメリカ糖尿病学会は、糖質制限を糖尿病治療の第1選択肢の1つにしました。現在も、アメリカでは糖質制限が糖尿病治療の食事療法の第1選択肢です。
日本糖尿病学会のガイドラインの歴史
一方、日本糖尿病学会が、初めて糖尿病の食事療法のガイドラインを発表したのは1965年です。当時のガイドラインでは、カロリー制限と糖質制限が併記されていました。
ところが、1993年にアメリカの影響を強く受けたためなのか、糖質制限は削除され、カロリー制限だけになってしまいました。
その後、日本では現在も、日本糖尿病学会がすすめる食事療法は、カロリー制限のみです。
この歴史を踏まえた上で、「なぜ、日本の医者が糖質制限をすすめないのか?」について説明していきたいと思います。
理由① 医者が糖質制限の知識を持っていない
先に述べたように、日本では1993年以降、糖尿病学会で正式に認められている食事療法はカロリー制限のみです。そのため多くの医者が、カロリー制限については学んでいるのですが、糖質制限についての知識をあまり持っていません。
2013年以降は、糖質制限がアメリカでも糖尿病治療の第1選択肢になったこともあり、欧米での治療実績は、非常に増えています。しかし、海外の治療実績までフォローしている医者は少ないのが現状です。
医者は患者の命を預かっている仕事のため、保守的な治療法を選ぶ人が多いです。自分が知識を持っていない糖質制限よりも、長年多くの医者が実践してきたカロリー制限をすすめる傾向があります。
理由② 糖尿病学会が糖質制限を推奨していない
2つ目の理由が、糖尿病学会が糖質制限を推奨していないからです。
日本の糖尿病の治療は、日本糖尿病学会のガイドラインをもとに行われています。また糖尿病専門医とは、日本糖尿病学会の認定を受けた医者のことです。
すなわち、日本の糖尿病の専門医は、日本糖尿病学会のすすめる治療をすることになります。ましては、糖尿病専門医でない医者は、なおさら日本糖尿病学会の治療法基準にして治療をしようとします。
なぜなら、万が一患者の様態に何かが起こった場合のリスクを考えているからです。日本糖尿病学会がすすめる、日本の多くの医者が実践している治療法を行っていたのであれば、不測の事態が起こったとしても、間違った治療法をしていたことにはならず、医者が訴えられてしまうリスクも減るからです。
糖質制限とカロリー制限のどちらが効果的かという視点ではなく、日本糖尿病学会が推奨する治療法のため、カロリー制限をすすめているのです。
理由③ 日本人を対象とした糖質制限のデータが少ない
3番目の理由は、「日本人を対象とした糖質制限の臨床試験データがまだ少ない」と医者が考えているからです。
糖質制限の知識も持っており、欧米での糖質制限の効果が大規模臨床試験で証明されたことを知っている医者でも、この理由により糖質制限をすすめないことがあります。
確かに、日本人と欧米人では体質が異なります。もともと、インスリンを分泌するすい臓の能力に雲泥の差があります。
そのため、欧米人の糖尿病患者の大半が肥満なのに対し、日本人の糖尿病患者の半数以上は肥満ではありません。
欧米人の糖尿病は、まず肥満になり、「インスリン抵抗性」というインスリンの効きが悪くなる状態になります。そのため、血糖値が下がらず、糖尿病となります。一方日本人は、肥満になる前にすい臓からのインスリン分泌が減少してしまい、その結果、高血糖となり糖尿病になります。
このように糖尿病発症する仕組みの異なるため、欧米人で効果が出た治療法であっても、日本人で同じように効果が出るのかは別の問題であると、糖質制限を選択しない医者は考えているのです。
まずは国内の先進的な医者が、アメリカで主流となっている糖質制限を試すようになります。その結果日本人でのデータが集まり、日本糖尿病学会が正式に糖質制限を認めるようになれば、ほとんどの医者が糖質制限を始めることになります。
万が一、糖質制限を真っ先に採り入れて、医療事故など起こしてしまった際に訴えられるリスクを考えると、ほとんどの医者は日本糖尿病学会や多くの医者と歩調を合わせて治療法を選択した方が安心なのです。
糖質制限について勉強している医者は、糖質制限に否定的な方ばかりではありません。きっと日本人でも、欧米人と同様に効果が出るであろうと考えている医者も多いです。ただし、これらの医者は、日本糖尿病学会で正式に認められるまでは、様子を見ておこうと考えているのです。
このように、糖質制限の効果に対して否定的な理由により、糖質制限を選択していない医者は実は少ないのです。
日本でも糖質制限が認められていくのか?
長年にわたり日本糖尿病学会がすすめてきたカロリー制限の糖尿病に対する効果は、実は臨床試験で証明されているものではありません。長年、日本糖尿病学会で推奨されてきたため、現在でも行われているのが現状です。
2008年に欧米で、エビデンスレベル1の臨床試験によって、糖質制限の糖尿病に対する効果が証明されました。
日本人を対象とした試験でも、2014年にエビデンスレベル1の臨床試験で糖尿病に対する有効性が証明されました。さらに、2014年、2015年にはエビデンスレベル2の研究で、糖質制限により、糖尿病の発症が少なくなり、死亡率が低くなるという結果が発表されました。
このように、日本人を対象とした試験でも、エビデンスレベル1や2といった、非常に信頼のおける試験において、糖質制限の糖尿病に対する効果が実証されて来ています。今後は糖質制限も糖尿病治療の選択肢の1つになるでしょう。
日本糖尿病学会が糖質制限を正式に認めるまで待っている間に、あなたは糖尿病を悪化させてしまい、合併症を発症してしまうかもしれません。その結果、失明、透析、足の切断、命を落とす可能性も高まってしまいます。
一方で、糖質制限を行うことにより、糖尿病の治療に効果を出している方々もたくさんいます。
あなたが糖質制限をやってみようと思っているが、担当の医者が糖質制限に前向きでない場合は、糖質制限を治療に取り入れている医者に相談してみると良いでしょう。