薬剤師である私は、糖尿病と診断された患者さんから「糖尿病になってしまったが、もう長生きはできないのかな?」と相談されることがよくあります。
糖尿病になってしまった人は、健康な人に比べて寿命が短くなってしまうのでしょうか?
結論を言うと、できるだけ早く適切な治療を開始すれば、寿命を長く保つことができます。
なぜなら、大規模な試験結果から、「できるだけ早く糖尿病を治療すればするほど、長生きできる」ということが科学的にわかっているからです。
このページでは、糖尿病と寿命との関係について説明していきます。
糖尿病で死亡するとはどういうことか
糖尿病とは「血液中のブドウ糖が常に濃い状態」のことです。ごくまれに、まったく糖尿病の治療をしていない患者が、異常に高い数値の高血糖になり昏睡に陥り死亡するケースがあります。しかし、このようなケースはまれであり、ほとんどの糖尿病患者は血液中のブドウ糖の濃度が高いだけで死亡することはありません。
それでは、糖尿病の人は、何が原因で死亡するのでしょうか? 答えは、「糖尿病の合併症」です。合併症とは「糖尿病が原因となり発症する、糖尿病以外の病気のこと」です。
つまり、糖尿病自体で死ぬのではなく、糖尿病が原因で生じる合併症で死亡するのです。
死亡に至る合併症とは?
それでは糖尿病患者は、どのような合併症により死亡してしまうのでしょうか?
その問いに答える前に、糖尿病の合併症にはどのようなものがあるのかを説明します。
糖尿病には合併症が多数あります。それを大きく分けると「細小血管障害」と「大血管障害」の2つのグループになります。
「細小血管障害」とは、細い血管に起きる障害です。一方「大血管障害」とは太い血管に起こる障害のことです。
なぜ血管の太さでグループ分けされているかというと、どの太さの血管が障害されるかによって、出現する症状が違うからです。
それでは、「細小血管障害」と「大血管障害」について説明します。
細小血管障害(直接は死に至らない合併症)
「細小血管障害」とは、高血糖により細い血管が障害されて引き起こされる合併症です。細小血管障害は主に、「目」「腎臓」「神経細胞」の血管で起こりやすいことがわかっています。
目の血管が障害を受けると、網膜症を起こし、最終的には失明してしまいます。
腎臓の血管が障害を受けると、腎臓の機能が低下していき、最終的には透析となります。
神経細胞に栄養分を与えている血管が障害を受けると、神経細胞が正常に働かなくなります。その結果、足の感覚がなくなり、最終的には足が腐ってしまうことがあります。
このように「細小血管障害」は生活の質を落とします。しかし、直接死亡に至る合併症ではないのが、細小血管障害の特徴です。
大血管障害(死に至ることのある合併症)
糖尿病の死亡に関わってくる病気が、「大血管障害」といわれる合併症です。このグループの主な合併症に「心筋梗塞」「脳梗塞」があります。それぞれについて、順番に説明していきます。
まず、「心筋梗塞」について見ていきましょう。
心臓の細胞に酸素と栄養素を与えるために流れている、太い血管が「冠動脈(かんどうみゃく)」です。
高血糖になると血管の内側に汚れがついていきます。その結果、血管の弾力性がなくなり、血液の通り道が狭くなります。冠動脈を水道管に例えると、水道管の内側にサビがつき水が流れにくくなるのと似ています。
その通り道の狭くなった血管で、血管の内側の壁から「プラーク」というこぶが膨れ上がることがあります。この「プラーク」が破裂すると、血の塊が血管の中にできてしまい、血管が狭くなっている場所で詰まってしまいます。
その結果、血液の流れがせき止められてしまい、心臓の細胞が死んでしまいます。心臓の細胞が死んでしまうと、心臓は正常な働きができなくなります。そのため心筋梗塞は、死亡に至ることの多い病気なのです。
次に、「脳梗塞」について説明します。
脳の中にも、脳細胞に酸素や栄養を届けている太い血管があります。この脳にある太い血管も、高血糖の状態が続くと硬くなり、通り道が狭くなっていきます。
心筋梗塞の場合と同様に、狭くなった血管内でプラークというこぶが破裂すると、血栓ができてしまい、血液の流れをせき止めてしまいます。その結果、脳細胞に血液が届かなくなり、脳細胞は死亡してしまいます。
脳梗塞も死に至ることの多い病気です。
以上のように、死に直結する合併症は、大血管障害である「心筋梗塞」と「脳梗塞」なのです。そのため、糖尿病により寿命を短くしないためには、「心筋梗塞」「脳梗塞」を発症しないようにすればよいのです。
それでは、どうすれば死に直結する「心筋梗塞」と「脳梗塞」を予防できるのでしょうか?
心筋梗塞と脳梗塞の予防法
その予防法は「できるだけ早く、糖尿病の適切な治療を始めること」です。では、その理由を説明していきます。
上述したように、心筋梗塞も脳梗塞も、まず高血糖になり、次に血管が硬く狭くなり、最後に血管が詰まるという順番で発症します。
つまり、最初の原因である高血糖の状態を改善すれば、心筋梗塞と脳梗塞を予防することが可能となります。
では実際に、「血糖値をコントロールすることで、心筋梗塞や脳梗塞による死亡率を下げることができる」という証拠はあるのでしょうか?
血糖値をコントロールすると大血管障害を予防できる科学的証拠
イギリスで行われた「UKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study)」という大規模試験により、「血糖値を良好にコントロールすることで、大血管障害の発症リスクが下がること」が証明されました。
この試験では、4209人の糖尿病患者を20年間にわたり調査しています。対象の患者は、新たに糖尿病と診断された人々でした。
試験の目的は、「血糖値を良好にコントロールすることによって、糖尿病の合併症を予防できるのか?」を調べることでした。
その結果、1998年に「細小血管障害の発症リスクは下がったが、大血管障害の発症リスクと死亡するリスクは下がらない」という結果が出ました。
試験はさらに10年間継続され、2008年に結果が発表されました。その内容は、1998年に発表された結果とは異なっていました。結果は、「細小血管障害と大血管障害の発症リスクが両方とも下がり、死亡率も下がる」というものでした。
この試験の結果をわかりやすく言うと「糖尿病と診断されてすぐに治療を開始し、血糖値を良好にコントロールすれば、糖尿病の合併症である心筋梗塞や脳梗塞で死亡するリスクを下げることができる」ということです。
つまり、「できるだけ早く糖尿病の治療を開始すれば、死亡するリスクを下げることができる」ことが科学的にわかっているのです。
以上のように、糖尿病と診断されても死に直結する大血管障害を予防すれば、死亡するリスクを下げることができます。糖尿病と診断されても悲観せず、できるだけ早く治療開始し、血糖値を良好にコントロールすることが、糖尿病で寿命を縮めないための唯一の解決策なのです。