薬剤師である私は、糖尿病で治療中の患者さんから「低血糖が出てしまい困っている」といった質問をよく受けます。そのような時、私は「低血糖を完全に予防することはできないので、低血糖が起こったときの備えが大切です」と答えています。
なぜならば、糖尿病の薬を飲んでいる限り、低血糖を100%予防することは不可能であり、低血糖の備えをしておかないと命を落としてしまう危険性があるからです。
今回は、なぜ低血糖を100%予防することができないのか?そして、なぜ命を落とす危険性があるのか?低血糖に備えるにはどのようにすればよいのか?について順番に説明していきます。
低血糖とは?
そもそも低血糖とは、どのような症状のことを言うのでしょうか? 健康な人の血糖値は、食事や運動にかかわらず常に、70~140mg/dLの範囲内に維持されています。しかし、糖尿病の薬を飲んでいたり、極端な絶食をしたりすると、血糖値が70mg/dL未満の状態になってしまうことがあります。この血糖値が70mg/dL未満になってしまった状態を低血糖と言います。
糖尿病の患者さんの中には、血糖値は低ければ低い方がより良いと勘違いしている方がいらっしゃいます。しかし血糖値が高いと体に害を及ぼすのと同様に、血糖値が低すぎても体には良くありません。実際に血糖値が下がっていくと、どのような症状が起こるのか、血糖値ごとに見ていきましょう。
自律神経症状 60mg/dL未満
血糖値が60mg/dL未満になると、カテコールアミンやアセチルコリンという物質の分泌が増えてしまい、自律神経症状という、異常な空腹感、動悸、発汗、イライラ感、震えという自覚症状が現れてきます。
中枢神経症状 50mg/dL未満
血糖値が50mg/dL未満になると、中枢神経のグルコースが足りなくなり、中枢神経系の機能が低下してしまいます。その結果、頭痛、視力異常、脱力感、眠気、錯乱、異常行動、発語困難、興奮などの症状が現れます。
痙攣・昏睡 30mg/dL未満
さらに30mg/dL未満になると、痙攣、昏睡など起こし、対応が遅れると意識が戻らずに死に至ることもあります。
以上のような低血糖の自覚症状をわかりやすく覚えるためのゴロ合わせがあります。
「低血糖症状のはひふへほ」
腹が減り、冷や汗、震えは低血糖。変にドキドキ、放置は昏睡
ぜひ覚えていただき、このような症状が出た際には早急に対処できるようにしておきましょう。
低血糖で命を落としてしまう危険性がある
低血糖は怖い理由は、上述したように自覚症状が出たときに放置しておくと、痙攣・昏睡に陥り、死に至ってしまうからです。なぜ中枢神経に症状が出てしまうかというと、中枢神経のエネルギー源が、ほぼ100%ブドウ糖だからです。そのため、ブドウ糖の濃度が低くなりすぎると、中枢神経は機能しなくなってしまうのです。その結果、昏睡に陥ってしまいます。
低血糖症状が徐々に表れてくるのであれば、重症化する前に対処することもできます。しかし、自律神経障害が現れることなく、突然昏睡に陥ってしまうケースがあります。このような危険な低血糖の症状には、主に2つのケースがあります。
危険なケース1:高齢者
高齢者では比較的軽い症状である自律神経症状が、若い人よりもより低い血糖値で初めて現れる傾向があります。通常、自律神経障害は、血糖値が60mg/dL 未満で起こりますが、高齢者の場合は50mg/dL未満になって初めて症状が現れます。そのため、血糖値の発見が遅れてしまい、一気により重症な中枢神経症状に陥ってしまいます。
危険なケース2:自律神経障害がある患者
2つ目の危険なケースは、糖尿病の合併症により自律神経障害がある場合です。軽症の低血糖が現れる自律神経症状が、自律神経が障害を受けているために発症せず、突然、中枢神経症状で昏睡に陥ってしまいます。
このように、糖尿病患者には高齢者が多いことや、神経障害の合併症を発症している方が多いことを考えると、軽症の低血糖症状が現れることなく、突然、昏睡に陥り、死亡してしまうケースがあります。実際に米国では、2001年以降、重症低血糖による入院患者数の方が、高血糖緊急症による入院患者数よりも多くなっています。つまり、血糖値が高くて救急で入院している患者よりも、低血糖で救急入院している患者の方が多いわけです。
低血糖が怖いことはわかっていただけたと思います。それでは、低血糖を未然に防ぐことはできないのでしょうか?
低血糖を100%予防することは不可能
糖尿病の治療で薬を飲んでいる場合、低血糖を100%予防する事は不可能です。薬は種類によって、低血糖の起こしやすさに差はあります。しかし、糖尿病の薬には血糖値を下げる作用があるため、飲み薬でも注射薬でも低血糖を起こす可能性はゼロではありません。
さらに、低血糖に影響を与えるのは薬だけではありません。摂取した食事の量、運動量、意識しなくても糖質を消費する基礎代謝の量も血糖値に影響を与えます。医師は同じ薬を毎日飲むように処方しますが、患者が摂る食事の量も運動量も、1日の基礎代謝も毎日異なります。
食事の量が少ない場合は、供給される糖分も少ないため、同じ量の薬を飲んでも血糖値は低くなる傾向になります。また運動量が多い場合も、消費される糖分が多くなるため、同じ量の薬を飲むと血糖値が下がりすぎてしまう恐れがあります。
基礎代謝とは運動などをしなくても一律に消費されているエネルギーのことです。例えば寒い時でも体温は36度台に保たれています。これは体が糖分を体内で燃焼させ、体温が低くなりすぎないように維持しているからです。そのため気温が寒い時は、体内に蓄えてある糖分をより多く消費します。そのため、体内の糖分がより多く消費され、同じ量の薬を飲んでいても低血糖になってしまうことがあります。
毎日全く同じメニューの食事を、毎日同じ時間に食べ、運動する量も全く同じ、気温も全く変わらない部屋で生活してれば、低血糖を防げるかもしれません。しかし、そのような生活を送ることはできません。
低血糖を起こしてしまった長距離トラックの運転手さんの例
私の薬局の患者さんに、長距離のトラックの運転手さんがいました。糖尿病の薬を飲んでいたのですが、長距離の運転手さんのため、食事をとる時間が不規則でした。そのために薬を飲む時間の間隔も不規則になっていました。そのため運転中に低血糖の症状が出てしまうと困っていました。
仕事の関係で、規則正しい時間に食事を取れない方の場合、特に低血糖に気をつけていただかなければなりません。運転中の低血糖は、意識を失ってしまうなど大事故に繋がりかねません。運転する前に血糖値を測定してもらい、100mg/dL以上であることを確認してから運転してもらうようにしています。また、低血糖がいつ起きても糖質を補給できるように糖質を携帯するよう指導しています。
低血糖時には、すぐに10gの糖質を摂取する
それでは実際に低血糖の症状が出てしまった場合には、どのように対応すれば良いのでしょうか?低血糖症状の異常な空腹感、動悸、発汗、イライラ感、震えなどが現れた際には、10g分の糖質をすぐに摂取してください。
具体的には、飲んですぐに吸収されやすい清涼飲料水やスティックシュガーなどが最適です。車の運転をする時には、運転席に清涼飲料水を置いておきましょう。また、外出する時には携帯しやすいスティックシュガーなどが便利です。
実際10gの糖質とはどの程度かと言うと、以下の表のようになります。
100mLあたりの糖質量
コカ・コーラ 11.3g
三ツ矢サイダー 11.0g
キリンレモン 9.5g
CC レモン 10.1g
ポッカコーヒー 8.2g
低血糖時に糖質を摂取する際の3つの注意点
低血糖は出てしまった際に、糖質を10g摂取することが大切であることはわかってくれたかと思います。ここで注意していただきたいことが3点あります。
注意点①:低糖質のものに注意
注意点の1つ目は、人工甘味料を使用した商品に気をつけることです。ダイエット意識の高まりとともに、甘いものの中にも糖質の入っていない商品も増えています。人工甘味料の開発が進み、ものすごく甘いが糖質0gというものもあります。
低血糖の症状が出て、慌てて甘いもの食べたが、思ったように血糖値が上がらないと非常に危険です。お菓子のラベルに表示されている、「炭水化物」「糖質」が何g含まれているのかを必ず確認してから、携帯するようにしましょう。
注意点②:飴玉、チョコレートは避ける
注意点の2つ目は、低血糖時の糖質補給には、飴玉とチョコレートを避けることです。一見、飴玉とチョコレートは非常に甘いため、低血糖時の糖質の補給に最適と思われる方も多いかと思います。
しかし飴玉とチョコレートは、溶けてからでないと吸収されないため、食べてから吸収されるまでに時間がかかってしまいます。そのために、低血糖時の糖質補給には適していません。先程紹介した、あらかじめ液体になっている清涼飲料水や、スティックシュガー、ブドウ糖などが最適です。
注意点③:αグルコシダーゼ阻害剤を飲んでいる人はブドウ糖が必須
最後に、注意していただきたいことがあります。病院でαグルコシダーゼ阻害剤という種類の薬を飲んでいる方は、糖分を含む清涼飲料水やスティックシュガーなどを摂取しても血糖値がすぐに上がりません。そのため、ブドウ糖を10g摂取するようにしてください。
なぜかというと、αグルコシダーゼ阻害剤は、糖分を最小単位であるブドウ糖に分解するのを邪魔してしまう薬だからです。そのため清涼飲料水やスティックシュガーなどを摂取しても、ブドウ糖に分解することができず、血中に吸収することができません。
ブドウ糖は薬局でも無料で配っているところもあります。またドラッグストアなどでも販売されています。αグルコシダーゼ阻害剤を服用している方は必ず携帯するようにしてください。
2019年1月現在、αグルコシダーゼ阻害剤が配合されている薬は以下のものになります。
アカルボース、グルコバイ、ボグリボース、ベイスン、ミグリトール、セイブル、グルベス
以上の薬を服用している方は十分に注意してください。
低血糖を予防するための三つのポイント
それでは低血糖を予防するには、どうすれば良いのでしょうか?
ポイント①:血糖値100mg/dL以上を確認してから運転する
糖尿病の治療中の患者さんが、車の運転中に低血糖を起こし、意識を失ってしまい、重大な事故を起こすケースが増えています。糖尿病の薬を使用している限り、低血糖を起こす可能性があることを常に意識していなければいけません。このような不幸を招かないためにも、前述した糖質を常に持ち歩くことが必須です。
さらに、運転中の低血糖を防ぐために非常に有効なのが、運転前に血糖値を自己測定することです。薬局やドラッグストアに行けば、自分で血糖値を測定することができる血糖測定器が販売されています。
糖尿病の薬を飲んでいる方は、運転前に血糖測定器で血糖値を測定し、100mg/dL以上であることを確認してから運転することを習慣づけましょう。運転時の低血糖は、事故により、自分の命だけではなく他人の命も巻き込んでしまうことがあることを忘れてはいけません。
ポイント②:薬を正しいタイミングで飲むこと
私の薬局の患者さんにもよく見受けられることです。食事をしない時には飲んではいけない薬を飲んでしまったり、食事をする前の10分以内に飲まなければいけない薬を30分前に飲んでしまったりすることです。
「薬の入っている袋に飲み方が書いてあるからわかっているよ。」と言う患者さんのなかにも、食直前と食前を勘違いしている方もいます。食前は30分前、食事直前は10分以内のことです。糖尿病の薬の中には、食食前と書いてあっても5分以内に飲まなければいけないものもあります。
食事に対して飲むタイミングは、薬の種類によって違います。必ず自分の飲んでいる薬について、医師や薬剤師に確認をするようにしてください。まだ体調が悪くて食事が取れない時や、食事の量が少なくなってしまった時に薬を飲むべきなのか、やめるべきか、量を調節するべきなのか、医師に確認するようにして下さい。
ポイント③:低血糖が出たら医師にすぐに報告する
ポイントの3点目は、低血糖が出たらすぐに医師に報告することです。
低血糖の副作用が出ていても、医師に伝えない方が沢山います。また、次の受診日まで待ってから伝えている方もいます。しかし、低血糖が出てしまうのであれば、薬の種類や量があっていない場合もありますので、すぐに医師に連絡をして対応をしなければいけません。
糖尿病の薬の種類によって、低血糖が起こりやすいものと起こりにくいものがあります。また、血糖値が低い時でも一律にインスリンの分泌を促進してしまう薬もありますし、血糖値が高くなるとより作用が強くなる薬もあります。
医師も低血糖が出てしまっている患者に、同じ薬を使い続けるリスクは取らないと思います。また自分が使用している薬が、どのようなタイプの薬なのか、どのぐらいの時間作用する薬なのかを知っておくことも、低血糖を予防するためには大切です。
以上のように、低血糖は患者が命を失ったり、車の事故を起こしてしまったりする可能性がある非常に怖い副作用です。
大切なことは、糖尿病の薬を使っている限り自分にも低血糖を起こす可能性があることを意識することです。また、低血糖がどのような症状なのかを理解しておき、実際に低血糖が起こってしまった際に、どのように対処すれば良いのかを知っておくことが非常に重要です。そして、低血糖を予防するために有効な対策をきちんと行っておくことが何よりも大切です。