薬剤師である私は、患者さんから「飲んでいる糖尿病の薬を減らしたいが、どうしたらよいでしょうか?」とよく聞かれます。たくさんの種類の薬を長期間に渡って飲み続けることに、不安を感じている方が多いようです。
私は、「血糖値の数値が良くなれば、減らすことができる場合があります」と答えています。「必ず薬を減らすことができます」と言えないのは、患者さんごとに、糖尿病のタイプも、症状の重症度も異なるからです。
今回は、どうすれば今飲んでいる糖尿病の薬を、少しでも減らすことができるのか説明していきます。
1:なぜ医師は、薬を中止してくれないのか?
「糖尿病と診断され、糖尿病の薬を飲み始め血糖値が下がってきた。それにもかかわらず、お医者さんが薬を止めてくれない」と不満を口にする患者さんもたくさんいます。素人からすると、血糖値が下がれば、薬を中止できると思いがちです。しかし話は、そう簡単ではありません。
では、なぜ医師は血糖値が改善しても、すぐに薬を中止してくれないのでしょうか?主な理由は、2つあります。
1-1 糖尿病治療の目的は合併症予防だから
1つ目の理由は、糖尿病の治療の目的が糖尿病の合併症を発症させないことだからです。合併症とは「糖尿病が原因となり、発症する他の病気のこと」です。
具体的な合併症には、血糖値が高いことで細い血管が障害を受けて発症する、糖尿病網膜症、糖尿病腎症、糖尿病神経障害があります。また、太い血管が障害を受けて発症する、心筋梗塞、脳梗塞などがあります。
糖尿病自体は、慢性的な高血糖の状態のことで、自覚症状はほとんどありません。しかし、上述した合併症を発症すると非常に恐ろしい症状が現れます。
糖尿病網膜症、糖尿病腎症、糖尿病神経障害が悪化してしまうと、糖尿病網膜症では失明、糖尿病腎症では人工透析、糖尿病神経障害では足の壊疽による切断といった結果になってしまうことがあります。どれも、生活の質を著しく低下させてしまう病気です。
また、心筋梗塞や脳梗塞は、血液の固まりが心臓の血管や脳の血管で詰まってしまう病気です。この2つは致死率の非常に高い疾患です。
このように糖尿病が原因で発症する合併症は、怖いものが多いです。そのため医師は、合併症を発症させないために血糖値のコントロールに細心の注意を払うのです。
患者は血糖値が高くても自覚症状がないため、「何で薬を飲まなくてはいけないのか?」と不満を持ちます。合併症の怖さを知らないから、患者はそのようなことを言えるのです。一方、医師は、患者の血糖値を見ながら、合併症を発症させないために細心の注意を払ってコントロールしています。
患者の体を船に例えると、血糖値は積荷、医師は船長です。血糖値のコントロールを誤れば、積荷を過剰に積んだ船のように、ある日突然、転覆してしまい取り返しのつかないことになります。
医師は検査データから、患者の体の未来の状態を予想することができるのです。そのため、今服用している薬で血糖値のコントロールがうまくできていれば、あえてリスクを冒してまで薬を中止しようとはしないのです。
1-2:糖尿病は完治しない病気だから
血糖値が改善しても、医師がすぐに薬を中止してくれない理由の2つ目は、糖尿病が完治しない病気だからです。つまり、血糖値が下がっても、薬を飲むのをやめてしまうと、再び血糖値が上がってしまうのです。
ではなぜ、糖尿病は完治しないのでしょうか?
糖尿病が完治しない理由を説明する前に、糖尿病引き起こす主な2つの原因について、説明していきます。
糖尿病引き起こす原因には、インスリン抵抗性とインスリン分泌障害があります。
【原因1:インスリン抵抗性】
1つ目の原因である「インスリン抵抗性」とは、すい臓から血糖値を下げる働きをするインスリンというホルモンが分泌されても、組織でのインスリンの効き目が悪くなっているため、血糖値が下がらない状態のことです。
原因は肥満により、体の中に脂肪細胞が増えてしまうからです。研究により脂肪細胞が増えると、インスリン抵抗性が高くなってしまうことがわかっています。
インスリン抵抗性が高くなり、糖尿病を発症するタイプは、日本人よりも欧米人に多いです。最近では、食生活の欧米化により、日本人でも肥満の方が増えています。
インスリン抵抗性が高くなると、すい臓がインスリンを出しても血糖値が下がらないため、すい臓はさらに多くのインスリンを分泌しようと頑張ってしまいます。これを繰り返していくうちに、すい臓が疲弊してしまい、インスリンを分泌する能力が低下してしまいます。
【原因2:インスリン分泌障害】
2つ目の原因は「インスリン分泌障害」です。インスリン分泌障害とは、インスリンを分泌するすい臓が疲弊してしまい、インスリンの出が悪くなってしまうものです。
日本人は、欧米人に比べて、もともとすい臓のインスリンを分泌する能力が高くありません。そのため、肥満になっていなくてもすい臓が疲弊してしまい、インスリンを分泌する能力が低下し、糖尿病を発症する人が多いです。
欧米人は、すい臓のインスリン分泌能力が高いため、糖質の高いものを食べてもどんどんインスリンを分泌し、脂肪として蓄えていくことができるため、肥満になりやすいです。これはインスリンには、血液内のブドウ糖を脂肪に変えて脂肪細胞に蓄える働きがあるからです。
日本人では、インスリンを分泌する能力がもともと低いため、肥満になる前に糖尿病を発症してしまう人が多いです。実際に日本人の糖尿病患者の大半が肥満ではありません。
このように、インスリン抵抗性、インスリン分泌障害のどちらも、症状が進むとすい臓のインスリンを分泌する機能が低下してしまいます。一度インスリンを分泌する機能が低下してしまうと、元の能力に戻ることはほとんどありません。そのため糖尿病は完治しない病気なのです。
糖質をアルコールに例えると、糖尿病患者は、アルコールを分解できない人に例えることができます。
お酒の席で、アルコールを分解することができない人は、アルコール飲むとすぐに酔いつぶれてしまいます。なぜなら、アルコールを処理する能力がないために、血中のアルコール濃度が下がらないからです。これと同じことが糖尿病患者でも起こります。
糖尿病患者は、摂取した糖質をうまく処理できないため、糖質を取ってしまうと血糖値を下げることができず、高血糖になってしまうのです。
いったん、糖尿病になってしまった人は、アルコールが飲めなくなってしまった人と同じです。以前のように、アルコールを飲むことはできません。
糖尿病の薬は、体の代わりに糖質を処理してくれるものだと考えることができます。糖尿病患者は、自分で糖質を処理する能力が低下していますので、薬を中止してしまえば、せっかく下がっていた血糖値も、また上がってしてしまうのです。
そのため、医師も、せっかく今の薬で血糖値がコントロールできているのであれば、あえて薬を中止しようとはしません。
ここまで、医師が糖尿病の薬をなかなか中止しようとしない理由について説明してきました。ではどうすれば、今飲んでいる薬の量を減らすことができるのでしょうか?
2:薬を減らすことはできるのか?
今飲んでいる薬を減らしたり、完全に中止したりすることは不可能なのでしょうか?糖尿病のタイプと重症度によって答えは異なります。
2-1:インスリン抵抗性が原因のタイプ
肥満が原因で糖尿病になっている人の場合、肥満細胞が増えることにより、インスリンの組織での効き目が悪くなっていることが血糖値を上げている主な原因になります。
このタイプの糖尿病患者は、インスリン分泌障害の患者に比べて、薬を減らすことができる可能性が高いです。なぜなら、生活習慣を見直す余地があるからです。
インスリン抵抗性が主な原因であり、まだインスリン分泌障害が進んでいなければ、食生活や運動、薬を服用することで肥満を解消すればインスリン抵抗性を改善することができます。
しかし、インスリン抵抗性が主な原因であるタイプでも、症状が進行していてインスリン分泌障害を起こしている場合は薬を減らすことは難しくなります。
2-2:インスリン分泌障害が原因のタイプ
2つ目のタイプは、日本人に多いすい臓のインスリンを分泌する能力が衰えてしまっているタイプです。インスリンの分泌能力が衰えてしまう原因は、高血糖な状態が続き、インスリンを一生懸命に出そうとすい臓が無理をしてしまった結果です。
インスリン分泌障害が原因となっている糖尿病患者の場合、初期の軽症であれば薬を減らすことが可能な場合があります。
医師から出された薬が1種類だけの比較的軽症な糖尿病患者の場合は、インスリンの分泌能力が大半残っています。
そのようなケースでは、血糖値を上げにくい食事をするなど食生活に気をつけ、糖尿病の薬ですい臓の負担を減らすことで、すい臓を休ませることができます。インスリン分泌障害が軽症であれば、すい臓を休ませることですい臓の分泌機能が回復することがあります。
医師の設定した血糖値の目標値をクリアした状態を続けることができれば、医師も服薬の中止を認めてくれる場合があります。
一方、糖尿病の症状が進行しており、すい臓の疲弊が進んでしまっている場合は、治療をしてもインスリンの分泌能力が改善しないケースがあります。このような患者の場合は、薬を中止することは難しいです。薬の服用を続け、血糖値をコントロールし、合併症予防することが治療の最優先とされます。
つまり、糖尿病の症状が軽症であり、飲んでいる薬が1種類程度である場合は、血糖値の目標値をクリアすることで薬を中止できる可能性があります。一方、ある程度糖尿病の症状が進んでいる場合は、完全に薬を中止することは難しいですが、薬の数を減らすことはできる可能性はあります。
どちらの場合も、医師から提示された血糖値の目標値をクリアし、その状態を継続できることが必要となります。
3:血糖値の目標値をクリアする方法
ここまで説明してきたように、薬を減らしてもらうよう医師に相談するためには、医師から提示された血糖値の目標値を達成しなければいけません。
そのためには、血糖値を上げにくい食事をし、適度な運動を継続し、医師から出された薬をきちんと服用することが大切です。
食事と運動に気をつけることは当たり前ですが、薬をきちんと服用することも非常に大切です。薬をきちんと服用することで、血糖値の上昇を抑えることができますし、インスリンを分泌することに疲れているすい臓を休ませることもできます。
「私は薬が嫌いなので、出された薬もほとんど飲んでいない」と行っている患者さんほど、糖尿病を悪化させ、結果的により多くの薬を飲む羽目になっています。
一方で、「薬をきちんと飲んでいるのだが、全く血糖値が改善してこない」と相談に来る患者さんもいます。私の薬局に来ていた患者さんの中にも、真面目な方で、毎日薬を飲んでいるのになかなか治療効果の出ない方がいました。
よくよく聞いてみると、その方は薬を飲む時間を間違えていました。αグルコシダーゼ阻害薬という食後の糖分の吸収を穏やかにしてくれる薬を処方されていました。この薬は食事をする前の10分以内に飲まないと効果出ない薬です。食事の前に飲むことで、糖の吸収を抑えてくれるのです。
しかし、この患者さんは飲み忘れないようにと、他の薬と一緒に食後に服用していました。その結果、薬の本来の効果が得られず、血糖値も改善していなかったのです。
このように、医師に薬を減らしてもらうためには、本来薬を減らすことに慎重である医師を検査結果で納得させなければなりません。そのためには、食事に気をつけ、適度な運動を継続し、薬を正しく服用することで医師から言われている血糖値をクリアし、その数値を継続することが大前提となります。
その上で医師に薬を減らして欲しいと訴え、相談することが薬を減らすための最善の方法です。